SPECIAL INTERVIEW
講談社とヘラルボニー、それぞれの海外戦略
2018年に創業したクリエイティブカンパニー、ヘラルボニーは国内外の主に知的障害のあるアーティストの作品をIPライセンスとして管理し、正当なロイヤリティを支払うビジネスモデルを確立。さまざまな活動を通して、障害のイメージ変容を目指す会社だ。講談社とは2024年よりコラボレーションがスタート。講談社のKを模したシンボルマークに、ヘラルボニーと契約を結ぶアーティストの作品を起用し、幅広い取り組みを進めてきた。その両社が現在、一層力を入れているのがグローバル展開だ。講談社代表取締役社長の野間省伸と、ヘラルボニー代表取締役の松田崇弥氏と松田文登氏が、それぞれの海外戦略について語り合った。
野間省伸のま よしのぶ
株式会社講談社代表取締役社長。慶應義塾大学法学部卒業。三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)勤務を経て、2011年、講談社代表取締役社長に就任。講談社は1909年創業の出版社で、ジャーナリズム誌・女性誌・ノンフィクション・小説・児童書・コミックなど幅広い出版活動を行っている。出版物は英語圏、中国語圏をはじめ、多言語に翻訳。読書推進活動にも取り組み、出版文化の向上に貢献した才能を顕彰する野間賞や吉川賞も運営する。
松田崇弥まつだ たかや
4歳上の兄・翔太が小学校時代に記していた謎の言葉「ヘラルボニー」を社名とし、双子の兄・松田文登と共にヘラルボニーを設立。「異彩を、放て。」をミッションに掲げ、福祉を起点に新たな文化の創造に挑む。ヘラルボニーのクリエイティブを統括。第75回芸術選奨(芸術振興部門)文部科学大臣新人賞受賞。
松田文登まつだ ふみと
ゼネコンにて、被災地の再建に従事。その後、双子の弟・松田崇弥と共にへラルボニーを設立。4歳上の兄・翔太が小学校時代に記していた謎の言葉「ヘラルボニー」を社名とし、福祉を起点に新たな文化の創造に挑む。ヘラルボニーの国内事業、主に岩手での事業を統括。岩手在住。第75回芸術選奨(芸術振興部門)文部科学大臣新人賞受賞。
- 野間
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我々が出会ったのは、ちょうど1年前くらいですよね。
- 文登
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その時のことはよく覚えています。
- 崇弥
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既に両社の コラボレーション は始まっていて、さらにその場で「講談社の名刺にもヘラルボニーのアートを起用するのはどうか」と言ってくださったんですよね。
- 野間
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そうでした、パッと思いついたんですよ。講談社では2021年にロゴを制作していて、その時に10のコーポレートカラーを制定しました。この10色が表す多様性というメッセージと、ヘラルボニーが社会に伝えようとしているメッセージに共鳴するものを感じたんです。
- 崇弥
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名刺のコラボレーションが始まってからというもの、僕らの元にも「講談社さんの名刺で知りました」という声があちこちから届いて。貴重な機会をいただいたと感じています。
- 野間
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コラボレーション名刺は私もよく使っているんですよ。10種類すべてを名刺入れに入れて、ランダムに手渡しながら、コラボレーションについて話しています。講談社が多様性についてどう考えているかを知ってもらうよい機会になる。社員は半数近くが使っていて、デザインとして素晴らしい、会話のきっかけになるといった意見だけでなく、会社がインクルーシブな視点を持っていることが嬉しい、という声もある。会社の内外でさまざまな反響が生まれていますね。
- 崇弥
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それは僕らも嬉しいです。ヘラルボニーでは、障害のある作家のアートやその才能を「異彩」と呼んでいて、その「異彩」で社会の“普通”に揺さぶりをかけたいと考えています。
- 文登
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障害のある作家が社会から真っ当な評価を得られるようになった先には、世の中のあらゆる人が個々の違いに対して、ポジティブな解釈ができる社会が実現すると思っているんです。
会社の社会的価値を明確にするグローバル戦略
- 野間
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しかし、ヘラルボニーの急成長には驚いています。数々の賞を受賞して、1年前からすると、世界的知名度がグッとあがりましたよね。
- 文登
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いや、まだまだです。幸いにも、LVMHイノベーションアワード2024の「Employee Experience, Diversity & Inclusion」カテゴリ賞やカンヌライオンズという世界的広告賞の「Glass: The Lion for Change」ゴールド賞など、たくさんの賞をいただいているのですが、海外展開はここからが本番だと思っています。
- 崇弥
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子会社の「ヘラルボニー ヨーロッパ」をパリに設立して、1年になります。来年以降は店舗やギャラリーも展開したいと考えています。
- 野間
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海外展開をパリからスタートさせたというのは正解だと思いますよ。
- 崇弥
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よかった。野間さんにそう言っていただけるのは嬉しいです。
- 野間
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文化的価値を広めていきたいなら、フランスは適地。文化活動を認めて、支援する地盤がある。ビジネスとしての展開を拡大していきたいなら、その後、アメリカに活動を広げるのがいいと思いますね。
- 文登
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勉強になります。僕らも最初はフランスだな、と。しかも、あえて権威に突っ込んでいこう、と考えたんです。グローバルブランドからの評価を追い風にして、社会的な信頼を強固にしていこうと思っています。
- 野間
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大事な視点ですね。ヘラルボニーの場合は、会社のブランド力を強めて、そこから作家を売り込んでいくという順ですよね。講談社の場合は逆で、すでに作家や作品といったIPが世界で広く知られて、高い評価を得たり、熱狂的なファンを獲得したりしている。でも、そうしたコンテンツを講談社という会社が生み出していると知っている人は海外にはまだ少ない。なので、海外展開においては我々も会社のブランド力を強化することに注力しています。
- 文登
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講談社では2021年に新しくロゴを作ったとおっしゃっていましたが、背景にはどういった戦略があるのですか?
- 野間
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講談社の海外展開は60年程前にスタートしています。当初は漫画や小説を紹介するという文化交流の意味合いが強かった。そして、近年では、海外の営業担当者からロゴマークが必要だという声が上がっていたんです。例えばブックフェアに参加した際、ブースに掲げるものがない。「講談社」という文字をその時々のフォントでデザインするよりほかなかったんです。例えば国内では、『ViVi』も『FRIDAY』もそれぞれに媒体ロゴがあり、メディアカラーを打ち出しているので問題がない。週刊誌から育児書まで幅広く手掛けているのが講談社なので、真逆と言っていいほどジャンルの異なる出版物に同じロゴがあるのも違和感となる、という理由もありました。でも海外では、媒体ひとつひとつではなく、それを発行している出版社そのものについて説明を求められる場面がある。そこで、より本格的なグローバル展開を視野に入れて、2021年にニューヨークのブランドデザインスタジオに依頼し、現在のロゴが出来上がりました。
- 崇弥
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そうだったんですね。実は僕らも2024年にロゴを新しくしているんです。
- 野間
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それは知らなかった。
- 文登
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そもそも社名は、僕らの兄・翔太が考えたものなんです。兄は自閉症で、ノートに「ヘラルボニー」という言葉を繰り返し書いていた。なので、当初は兄の手書き文字を生かしたカタカナ表記のロゴを使っていました。
- 崇弥
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その後、アルファベット表記のロゴも出来、2つが混在する状態に。それでは社会に浸透しづらく、社内の意思統一もしづらいと考え、2024年に海外でも展開しやすいアルファベットのロゴを新たに作りました。
- 野間
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ロゴやパーパスができると海外でのコミュニケーションは一気に円滑になりますよね。それ以前は、講談社とは『AKIRA』や『攻殻機動隊』、『美少女戦士セーラームーン』や『進撃の巨人』を生み出した会社なんだと説明していたんです。小説なら、村上春樹さんのデビュー作は講談社なんだ、とか。そうしたIPから入る説明もできるのだけれど、僕らは「Impossible Stories(ありえないような物語)」を生み出している会社なんだ、とまず理念から伝えたほうが早い。その後、作品名をあげれば、さらに深く納得してもらえます。
- 文登
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強烈なIPを生み出す会社が、どういった企業理念を持っているのか。それを一言で表すのが「Inspire Impossible Stories」なんですね。
- 野間
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創業時から掲げてきた「おもしろくて、ためになる」というパーパスを英語に置き換えるのには苦労しました。直訳してもどうもしっくり来なかったんです。「Inspire Impossible Stories」は「おもしろくて、ためになる」が持つ大切な要素を、英語で伝わる表現に大胆に置き換えたもの。今では、海外で我々が何者なのかを伝えるのに欠かせない言葉となっています。
- 崇弥
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やはり、世界に認知されていく上ではロゴだけでなく、パーパスも欠かせないのですね。
- 野間
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そうだと思います。海外では「何を生み出している会社なのか?」という問いを常に投げかけられます。ロゴやパーパスは、そうした問いに明快に答えるための効果的なツールだと思います。
ストーリーには言語の壁を越える力がある。
- 野間
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ここまで海外を意識した話をしてきたので、それとは真逆の視点となりますが、最近は日本であるとか、海外であるとか、そういった区別をしなくてもいいんじゃないかとも思っているんです。ヘラルボニーは国内と海外で受け止められ方の違いがあったりしますか?
- 文登
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実は僕らはあまり違いを感じていないんです。先日、海外でヘラルボニーについてプレゼンテーション中に時間切れになってしまうという事態があったんです。本当はスピーチの最後に、兄の翔太を紹介するつもりだったのですが……。
- 崇弥
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でも、ひとりの審査員が質疑応答で「最後に伝えたかったことは何なの?」と話を振ってくれて、それで兄を壇上に呼んで紹介することができました。会場は大きな拍手に包まれ、言葉を越えて伝わるものは伝わるのだ、世界には同じストーリーを持っている人がいるのだと実感した瞬間でした。
- 野間
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確かに。漫画もそうですし、小説もそう。ストーリーの力は世界共通なんだと思います。
- 崇弥
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野間さんは今、海外展開にどのような手応えを感じていますか?
- 野間
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講談社もまだまだ、これからですよ。ロゴを一新し、英語のパーパスを打ち出して、海外展開を強化したのがここ数年。ここから先は会社の名前だけを広めても意味がない。かといって、ひたすらIPを打ち出していても広がりがない。海外で認知度が上がってきている講談社という存在を起点に、IPを活用して横展開できる企画も積極的に進めていきたいですね。11月には記者会見を行い、ハリウッドを拠点とする映画制作会社「Kodansha Studios」の設立を発表しました。講談社が出版した小説や漫画を原作とする実写映画やドラマも自ら手がけていきます。
日本で出版された漫画や小説の海外実写映像化やグローバル展開を主体的に進めるべく設立する「Kodansha
Studios」。アカデミー賞受賞監督のクロエ・ジャオ氏、プロデューサーのニコラス・ゴンダ氏とタッグを組み、今後、映像コンテンツでもより強い存在感を発揮していく。
- 野間
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昨年に続いてニューヨークで開催したポップアップイベント『KODANSHA HOUSE』も北米のファンに向けた重要なブランディング施策のひとつです。 約2週間の開催で総動員数は2万1000人以上と、今回もかなりの盛り上がりでしたね。
- 文登
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『KODANSHA HOUSE』の反響はヘラルボニーにとっても大きかったです。
- 崇弥
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僕らが海外とやり取りをするようになって思うのは、日本文化は各国からリスペクトされているということ。特にフランスは日本の漫画に対して敬意があって、それが僕らの海外展開をとてもスムーズにしてくれています。とてもありがたいことで、そういった下地を築いてきたのが講談社さんなのだと思っています。
2025年10月にニューヨークのソーホー地区にて開催された没入型ポップアップイベント『KODANSHA HOUSE』。「BEYOND
SHONEN(少年の枠を越える)」をテーマに、多様な作品ラインナップを打ち出し、北米市場で漫画・アニメファンを拡大。講談社を多様性の象徴となるブランドとして認知してもらうきっかけにもなった。会場では『攻殻機動隊』の映像化シリーズに登場するキャラクター「タチコマ」を、ヘラルボニー契約作家のアートでラッピングした展示も行われた。
持続可能な会社運営のキーワードは「多様性」
- 文登
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今日、野間さんにぜひお聞きしたいことがあって。講談社さんは企業として100年以上続いていますよね。持続可能な会社経営のために、社員と共有している考え方などはあるのでしょうか?
- 野間
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それはひと言で答えるのは、難しいですね。
- 崇弥
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なぜでしょう?
- 野間
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そうした明文化した指針は設けていないんですよ。あえて言うなら、メンタリティですかね。「Inspire Impossible Stories」というパーパスも、社員に対するメッセージとして打ち出しているわけではないけれど、働く全員に伝わっているとは思いますね。エモーショナルな部分で同じ方向を向いている。
- 文登
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なるほど……。例えば、作家と向き合うという点では、講談社さんと僕らヘラルボニーはある種、似たところがあると思うのですが、作家との関わりにおいて、社員に指標として伝えていることはありますか?
- 野間
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100年も出版業を続けていれば、仕事のやり方はどんどん変わっていきますからね。だから明文化された指標はありません。それにクリエイターがさまざまなら、編集者もさまざま。作家のクリエイティビティを信じるのは大前提ですが、人と人なので相性が良くないこともあるし、逆に偶然の巡り合わせで最強のタッグができることもある。AIで相性診断ができるような仕事ではないですから。
- 文登
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なるほど。僕らが広げようとしているダイバーシティの考え方と似ているのかもしれないですね。
- 崇弥
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僕らは、できる・できないを能力差ではなく、特性として捉える社会になったらいいなと思っているんです。「ニューロダイバーシティ」という言葉があって、これは自閉スペクトラム症などの発達障害を、人間のゲノムの自然な変異として捉え直す考え方です。その考えを大切にすれば、彼らの得意分野を活かして、社会に参加してもらう方法はきっとある。
- 野間
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多様な人がいるということは、講談社に置き換えるなら、さまざまなタイプの編集者がいることですし、それが会社の強みになっている。ひとつの型に押し込むのではなく、個々の得意なことに取り組んでもらう。持続可能な会社経営のひとつの回答なのかもしれないですね。
- 文登
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「多様性」という言葉が最近では座学のように受け止められていますが、もっと日常に根付いた感覚になっていってほしいと思っています。
- 野間
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それこそ、先ほども言いましたが、日本と世界を分けて考える必要も、これからの時代はないのだと思います。日本もワン・オブ・ザ・グローブなわけですから、海外展開においては打ち出し方をあえて変えるといった戦略ではなく、知られていない場所でよりスピーディーに、明確に知ってもらう為の工夫と、良質なIPをより多角的に広げていく企画発信にこそ価値があるはずです。今日は両社の比較がとても面白かったです。また、1年後、2年後に海外展開の進捗を話しましょう。
撮影:中西真基 文 構成:内田有佳 このインタビューは2025年11月に収録しました。
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